脱Google・脱Microsoftを目指した私が、それでもWindowsとAndroidを使う理由
大企業のサービスから本気で自由になりたいのであれば、WindowsもAndroidも使うべきではないのかもしれない。
しかし、現実には私はWindowsとAndroidを使い続けている。
別に、原始時代へ戻りたいわけではないからだ。
便利なものをすべて捨て、不便さに耐え続けることが自由だとは思わない。大切なのは、何を使うかを自分で選び、不要なものとは距離を取ることだと思っている。
一時期、Linuxしか使っていなかった
大昔、一時期Linuxしか使っていなかったことがある。
しかし、いくつか不便なところがあり、試しにWindowsへ戻ってみた。
すると、「もうWindowsでいいのでは」と思ってしまった。
それ以来、現在までWindowsを使い続けている。
Linuxで不便だったこと
1.必要なソフトがなかった
フリーソフトが嫌いなわけではない。
無料でも優れたソフトはたくさんある。しかし、やはり十分な開発費をかけて作られた有料ソフトのほうが使いやすい分野もある。
ゲームについては、現在ではSteamのおかげでLinuxでもかなり遊べるようになったらしい。それでも、安定性や対応状況を考えれば、Windowsのほうが無難な場面はまだ多いだろう。
私の場合、特に代替できなかったのがテキストエディタとペイントソフトだった。
Windowsでは秀丸エディタやCLIP STUDIO PAINTを使っていたが、Linuxでは自分に合う代替ソフトを見つけられなかった。
探せば似たものはあったのかもしれない。
ただし、代わりのソフトを探し、試し、設定し、操作方法を覚えるにも時間がかかる。
その時間まで含めて考えると、慣れたソフトをそのまま使えるWindowsのほうが合理的だった。
2.ハードウェア周りの不具合が多かった
「LinuxはWindowsより安定している」と言われることがある。
しかし、少なくとも私の環境では逆だった。
Windowsのブルースクリーンは、この10年ほどほとんど見ていない。一方、Linuxを使っていたころは、何度もフリーズに悩まされた。
当時はデスクトップPCとノートPCの両方を使っていたが、フリーズが発生するのはノートPCだけだった。おそらく、ドライバーかハードウェアとの相性が原因だったのだと思う。
特に困ったのが、スリープ周りの不具合だった。
スリープさせたはずのノートPCが正常に休止せず、かばんの中で熱くなっていたことが何度かある。取り出したときに「あちあちのノートPC」になっていて、かなり肝を冷やした。
現在なら解決方法があるのかもしれない。
しかし、当時の私には原因を調べて対処する知識も気力もなかった。
OSを使うことが目的なのではなく、OSの上で作業をすることが目的だ。
毎回ドライバーやスリープの問題を調べるのは、私にとってかなりのストレスだった。
3.全体的にもっさりしていた
これは設定を十分に詰めていなかったせいかもしれない。
しかし、当時使っていた環境では、マウスカーソルの動きやウィンドウの切り替えが微妙に遅く、全体的にもっさりしているように感じた。
一つひとつは小さな違和感でも、毎日使っていると積み重なる。
設定を調整すれば改善できたのかもしれないが、その設定を調べる時間もまた必要になる。
結局、最初から違和感なく動くWindowsへ戻ることになった。
Linuxを使ってよかったこと
不便なことばかりではなかった。
Linuxを使った経験には、今でもよかったと思う部分がある。
1.なんとなく格好いい
Linuxを使っていると、なんとなく格好いい。
映画に登場するハッカーが、黒い画面に意味不明な文字を流しながら何かをしている。あの雰囲気に少し近づいたような気持ちになれる。
実際に何をしているかは、それほど格好よくない。
それでも、自分が使っていて気分がよいというのは大切なことだ。
道具には性能だけでなく、使いたくなるかどうかも重要だと思う。
2.妥協を覚えた
Linuxを使っていると、「少し使いにくいけれど、まあこれでいいか」と思えるようになる。
そして、多少使いにくい道具を使ったところで、作業速度が劇的に落ちるわけではないことにも気づく。
不便だからこそ、自分で設定を変えたり、操作を工夫したりするようにもなる。
結果として、以前より作業が速くなることさえあった。
何でも最初から完璧である必要はない。
自分で少しずつ使いやすくしていく感覚は、Linuxを使ったことで身についたと思う。
一時期、スマートフォンも捨てた
Windowsだけでなく、スマートフォンからも離れようとしたことがある。
一時期、スマートフォンをやめてガラケーを使っていた。
しかし、これもいくつか不便なことがあり、結局Androidへ戻った。
Androidへ戻ったときも、「もうAndroidでいいのでは」と思ってしまった。
それ以来、現在までAndroidを使っている。
ガラケーで不便だったこと
1.LINEが使えない
誰とも連絡を取らずに生活できるのであれば、LINEは必要ない。
しかし、現実には家族や知人、仕事関係など、どうしてもLINEが必要になる場面がある。
一時期は、LINEを使うためだけにiPadを持ち歩いていた。
ガラケーへ移行して荷物を減らしたはずなのに、ガラケーとiPadを持ち歩いている。
途中で、自分が何をしたいのか分からなくなった。
2.迷惑電話に対して無防備だった
最近は、迷惑電話や営業電話が増えた。
Androidであれば、迷惑電話を判定する機能やアプリを利用できる。知らない番号から電話がかかってきても、その場で番号を検索できる。
ガラケーでは、そうした対策が難しかった。
電話機能だけを考えればガラケーで十分だと思っていたが、迷惑電話への対策まで考えると、スマートフォンのほうが安心だった。
3.飲食店での注文が不便だった
最近は、飲食店でもスマートフォンから注文する方式が増えた。
サイゼリヤなど、一部の店舗ではQRコードを読み取って注文することがある。
スマートフォンがなくても店員を呼べば対応してもらえるとは思うが、毎回説明するのは面倒だ。
自分がスマートフォンを持っていないだけなのに、周囲へ余計な対応を求めることにもなる。
社会全体がスマートフォンを持っている前提で設計されている以上、持たずに生活するには、それなりの摩擦が発生する。
4.カレンダー、メモ、タスク管理が不便だった
ガラケーを使っていたころは、物理的な手帳も持ち歩いていた。
しかし、残念ながら、手帳はスマートフォンの利便性を超えられなかった。
大きな画面でカレンダーを確認する。予定を検索する。簡単なメモを取る。タスクを並べ替える。通知を設定する。
どれも、手帳よりスマートフォンのほうが便利だった。
さらに、スマートフォン一台で済んでいたものが、ガラケーと手帳の二つに増えた。
物理的に管理するものが増え、かえって面倒になってしまった。
実際に手帳をなくしたことはない。
それでも、「これをなくしたら人生が終わるな」と考えると、常に少し落ち着かなかった。
手帳には画面ロックも遠隔消去もない。
予定や連絡先、メモを書き込んだ手帳を落としたときの被害は、場合によってはスマートフォンより大きい。
ガラケーを使ってよかったこと
ガラケー生活にも、明確なメリットはあった。
1.圧倒的に時間が増えた
ガラケーでは、ほとんど何もできない。
だからこそ、圧倒的に時間が増えた。
電車を待っているときも、店で順番を待っているときも、何となくSNSやニュースを見ることがない。
ただ、ぼーっとすることができる。
何もせずに過ごす時間は、思っていた以上に必要だったのだと思う。
2.急いでスマートフォンでやる必要はないと気づいた
スマートフォンを持っていると、何かを思いついた瞬間に調べたり、返信したり、処理したりしてしまう。
しかし、ガラケーを使っていると、それができない。
すると、「別に今やらなくてもよい」「家に帰ってからPCでやればよい」と思えるようになる。
実際、多くのことは急ぐ必要がなかった。
すぐに処理できることと、すぐに処理しなければならないことは違う。
その違いに気づけたのは、ガラケーを使った経験のおかげだと思う。
小型スマートフォンも試した
ガラケー以外では、Jelly Starという小型のAndroidスマートフォンも試した。
小型スマートフォンとしては、かなり理想に近かった。
普通のスマートフォンとしての機能を持ちながら、画面が小さいため、動画やSNSを延々と見る用途には向いていない。
スマートフォンを便利な道具として使いつつ、依存しにくくするという意味では、ほとんど完璧だった。
しかし、私にとっては少し小さすぎた。
メモやカレンダーを確認するときに画面が狭く、日常的に使うには不便だった。また、バッテリーの持ちもあまりよくなかったと記憶している。
結局、使用を続けることはできなかった。
これからもWindowsとAndroidを使う
今後も、基本的にはWindowsとAndroidを使い続けるつもりだ。
大企業のサービスだからという理由だけで、便利な道具をすべて捨てるつもりはない。
一方で、どれだけ不便になっても我慢して使い続けるつもりもない。
大きな改悪があり、自分にとって許容できない状態になったときは、別のものへ移行する。
そのために、データを特定のサービスだけに預けないことや、代替手段を知っておくことは大切だと思っている。
便利なものは使う。
自分に必要のないものは使わない。
便利であっても、自分の時間や生活を必要以上に奪うものとは距離を取る。
結局のところ、そのくらいの考え方が一番現実的なのだと思う。
AndroidからGoogleだけを減らす選択肢
今後試してみたいのが、Android端末を脱Google系のOSへ切り替えることだ。
まだ詳しく調べてはいないが、GrapheneOSなどが候補になる。
強迫的にGoogleを排除したいわけではない。
ただ、最初から入っている不要なアプリを減らし、自分が必要なものだけを使える環境には興味がある。不要なサービスが動かなくなることで、バッテリーの持ちが改善するという話も見かける。
YouTubeをはじめ、使わないアプリを最初から入れずに済むのもよい。
対応端末には制限があるため、次にスマートフォンを買い替えるときは、候補としてPixelを検討している。
実際に導入することがあれば、そのときはまた記事にしたい。
完全に自由な道具だけを使うことは難しい。
だからこそ、すべてを捨てるのではなく、使うものを自分で選び直すことが大切なのだと思う。